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Apr 02, 2011

私の場合@経過報告<長文です>

2011年3月11日 15:00前、大きな地震が東北地方で発生。数分後、停電。会社の同僚に助けられながら11階から階段で外へ避難、昨年、海の近くの住宅地から仙台市中心部のマンションに引っ越して来てたので、帰宅困難になることもなくそのまま帰宅。が・・・うちは12階。萎えそうになる気持ちを叱咤激励して階段を上がる。やればできるもんで無事到着。この間、同じ階の方などが、父の安否を確認してくだっていた。感謝。父もわんこ×2もけがもなく無事でまずは一安心。

食器は半分以上が落下して破損。飛び出し防止機能付きの食器棚から、飛び出していることにびっくりする。別にいいや、ウェッジウッドやバカラじゃないし、掃除機が使えないので手作業でもくもくと、半ばやけくそでゴミ袋に投入。
去年の引越しの際に持ってきちゃった父の手作り梅酒が廊下の収納から転げ落ち、玄関から廊下までは梅酒の匂いで酔っ払いそう。だからいらないって言ったじゃん、とここでクレームを言ってもしょうがない。そこを歩き回るわんこ×2。酔っぱらったに違いない・・・。

ただとごではないことが起きたとは思いつつ、停電でテレビが点かなかったので、情報はラジオのみ。情報としては知ってても、この時点では、宮城県民のほとんどは、被害の大きさは実感できていなかったのではないかと思う。

もちろん、ガスはすぐに停止。間もなく断水。
電気がないと、こんなに暗いのか、夜は暗いんだな、と改めて認識させられた日。そしてここは東北。ろうそくで明かりを灯し、ひざ掛けや毛布を何枚も身体に巻きつけて寒さをしのぐ。時間の感覚も覚束なくなる。
まあ、そもそも、時間の概念なんて人間が作ったもので、あってないようななものだけど。暗闇のせいか現実感が薄れる。宇宙の誕生に思いをはせたりなんかした夜だった。星が、ものすごく綺麗だった。

12日土曜日。
電気、水、ガスとも復旧せず。携帯の電池も残り少なくなって来て、緊急用の乾電池充電で何とかしのぐ。お風呂にためてたはずの水は、地震の衝撃で落ちた蓋で栓が外れて空っぽ。飲料水は確保できるが生活用水がない・・・。トイレは自ずと我慢しがちになる。2回に1回とか。遠慮なく出せる日を夢見る私であった。

13日日曜日。
会社の電気が復旧したのを知り、とにかく携帯の充電に向かう。自宅と会社の距離は約3キロ程度。この環境に感謝。
散乱した書類を片づけ、数時間後、帰宅するとマンションに明かりが灯っているではないか!たった2晩だけなのに、電気の明かりがとても懐かしい。電気を発明した人、エジソン?誰?誰でもいいけど偉大だ。
夕刻、マンションのエレベーターも復旧。その間、12階まで3往復はしたかも。やればできるものである。

14日月曜日
出勤。自宅は依然断水。会社は水も復旧してるから、家にいるよりはもしかして良いかも。
ただ、自宅もマンション1階までは配水されている様子。建物内の水道管の破損による各戸への配水見合わせとのこと。帰宅後、プチ台車大活躍で給水3往復。この日から、行水&洗髪生活が始まる。こんなに少ない量で身体も髪も洗えた自分を褒める。水を無制限に使えると思っていた傲慢さも思い知る。

15日火曜日
水道復旧。とにかく、洗濯だ洗濯。が、もったいなくて全自動にはできず。水位は極力少なく、すすぎも2回に。必然的に洗剤も最小限に。一人暮らししてた頃、お金がなくてこんなことをしてたのを思い出す。何ごとも経験しておくものである。水って、蛇口をひねれば普通に出るもの、ではないのだ。地球が支給してくれる大事な資源。多くの知恵と技術で各家庭に配られる贈り物なのだと痛感させられる。

時は過ぎ、4月2日土曜日
我が家は未だガス復旧せず。煮炊きはカセットコンロと電子レンジ。先週ゲットした電子ポットが大活躍。電磁波は良くない、などと言ってる場合ではない。電磁波除去のおまじない(?)しながら、文明の利器に手を合わせたい気分。電気と水道があれば、何とかなるもので、ガスのない不便さはそれ程感じなくなってきた。
お風呂は入れないが、行水と洗髪はマニュアルが作れるくらいの腕前である。初日の行水なんて今の私の技術からしたらド素人。人間は進化するのである。
ちなみに、最近の会社での朝の挨拶はガス出た?復旧した人は、羨望の的である。

地下鉄、JR在来線の全面復旧まではまだ時間がかかりそう。だが、東北新幹線が今月中に全線復旧するって?すごい力だ。東北自動車道も全線開通したし、東京までの『道』が通じたらずいぶんな安心感がある。不眠不休で復旧に尽力されたであろう方々に感謝。

16日(水)頃には、飲食店がお弁当の店頭販売も始め、プロパンガスの飲食店は限定メニューで営業再開。
18日(金)から、中心部の百貨店も開店。行列に並ぶ気合のない私は、この時点では買い物は諦め、家にあるもので凌ぐことに。お米もあるし物流が回復するまでだからと、それほどの危機感もなかったのだが、思ったより早くスーパーは機能しはじめ、3連休には並ばずして食材をゲット。ありがたいことに、会社からの救援物資もいただけたので、今日までお腹をすかせることもなく過ごしている。

コンビニが24時間開店していない光景は異様だし不便だが、だいぶ慣れてきた。先週の半ばくらいからはスーパーでもほぼ普通に買い物できるまでになっている。選べないが困らないところまでは物流も回復している。
ガソリンスタンドは未だ長蛇の列。並ぶ根性などさらさらないので、確実に手に入るまでじっと待つつもりである。あと1週間と踏んでいるがどうだろう。

動き出せば中心部の復旧は早い。被害が甚大だった地域や避難所の方々への物資は増えつつあるとは聞くが・・・落ち着きを取り戻しつつある中心部の自宅に居てさえストレスはあるのだから、余震の続く中、避難所暮らしの方々のストレスはいかばかりか。。。孤立した島の方々にも支援物資が行き渡ることを祈るばかり。。

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Comments

ガソリンはその後買えるようになったのでしょうか?
11階のビルから歩きで下りてきて、また歩きで12階の自宅まで上がったというのには驚いたけれど、その日はみんなそうだったのでしょうね。
昔、ビルの9階で働いていたときエレベーターが点検で使えず、一日歩いて上り下りした日を思い出しました。その何倍だというのだから苦労は推して知るべし。

こちらは節電で今でも駅のエスカレーターが動いていません。
先日70過ぎの母がみなとみらいにでかけたら、地下鉄のエスカレーターばかりか桜木町の動く歩道につながる長いのぼりのエスカレーターも、もちろん動く歩道も止まっていてランドマークまで果てしなく感じたとのことでした。
私などは面倒に思って出かけないけど、母のバイタリティーを感じた次第。

★Tunaさん
おお~初コメントありがとうございまーす。
そうそう、報告し忘れていたー。
ガソリンは普通に買えるようになりました。
このあたり、結構冷静だったんだけど、だいたい予想通りに物流は動いたよ。
少しずつの遅れはあったけど。ガスは・・・でも、1ヵ月は覚悟してた(笑)

東京も本当に大変だよね。。東京は広いし、
元の便利さとかが、仙台とは違うからその分ストレスだよねー。

あいかわらず、お母様は素晴らしいです~。
私だったらこもって動かないと思う。。

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